はじめまして。管理人の延藤素康(ノブトウモトヤス)です。
このブログは、以下に興味ある人に向けて発信するオウンドメディアです。
- 地味だけど安定してフリーランスで食べていきたい
- ウェブマーケティングに興味がある人
- 仕事や人間関係に悩むことに疲れた人
- 世界のマイナーなスポットを旅したい人
- 自分でスモールビジネスを立ち上げたい人
書きたいことを書いていく中で、皆さんのお役に立つようなこともどんどん発信していきます。
この記事では、ノブトウが何者か? ノブトウの仕事やプライベートについてご紹介します。
Googleで「延藤素康_柔術」を検索して来た方へ
直近の柔術の大会でノブトウと対戦予定の方は、『ノブトウ柔術ログ』をお読みください。過去の試合履歴をレポートで残しています。Youtubeもあります。
延藤素康の基本情報
本名:延藤素康(のぶとうもとやす)
職業:マーケター
年齢:1985年生まれ
住まい:川崎市在住(岡山県出身)
普段の生活:家族5人暮らし。ほとんど自宅で仕事をしています。
趣味:ブログ運営、読書(小説)、ブラジリアン柔術
座右の銘:「小さなことを積み上げることが、とんでもない所に行くただ一つの方法」(イチロー)
Q. マーケターってどんな仕事?
マーケターとは、マーケティング(marketing)を担当・専門にしている人です。
マーケターには①社内マーケター(担当者)、②マーケティング業務の代行(外注)、③販売施策、商品開発、企画の立案(コンサルティング)などがあります。形はそれぞれで、僕がやっているのは②、③です。
では、マーケティングとは?
マーケティングについて、こんな記事を書きました。

マーケティングといっても、たくさんの領域とジャンルがあります。その中でも僕がやっているのは自社の商品・サービスを作ったり、売上を上げたい法人(主に中小企業)の販売施策を考えたり、実行する手段をサポートします。
ノブトウに寄せられる相談
- 「サイトに来てくれるのに購入数が増えない。助けて」←一番多い
- 「教室に生徒を集めたい」
- 「気合いを入れて作った商品がなぜか売れない? なぜ?」
- 「新商品を出したい。アイデアが欲しい」
- 「この商品は何円で販売するのがいいですか?」
- 「自社のメディアの購読者を増やしたい」
- 「商品Aを買った人が商品Bも買うようにして欲しい」
- 「LINEの登録者を増やしたい」
- 「ホームページを作りたい」
こんなご相談をよくいただきます。
得意ジャンルは、店舗ビジネス(学習塾や幼児教室、習い事)の集客です。ここ数年はECサイトの売上UP、新商品の開発が一番多いです。
具体的に何ができるの?
- データ分析(改善提案)
- 中長期の販売戦略の立案
- 販売チャネル(ECサイトなど)の最適化
- メディア運営、コンテンツ設計
僕自身に任せてもらってもいいですし、「社内の誰かに覚えて自社運用がしたい」(=インハウス化)場合のレクチャーもやっています。最近はいろんなツールが増えているので、後者が多いです。
マーケティングって、エクセルとパワポで提案みたいなイメージがあると思います。でも僕はゴリゴリの営業も得意です。というか、営業を効率化するためにマーケティングを覚えたので、営業の課題をマーケで解決するというボトムアップ思考なのです。なので「うちの営業が全然売れない。鍛えて!🔥」みたいな相談もよくあります。営業とマーケティングは一体化して動くものなので。ビシバシやるので、経営陣・担当の上長には好評です(現場の社員さんには好かれてないかもですが・・・)。
マーケティングの仕事を始めたきっかけ
マーケティングを専業にするまでの話をします。
14歳〜21歳:物販、斡旋業
長くなるので端折りますが。家庭の事情で中学3年生で実家に一人暮らしをすることになり、お金を稼ぐためにYahoo!オークションで物販を始めました。儲かるジャンル・仕組みを日々考えて、ゲーセンの景品、お薬(違法ではない)、楽譜などいろんなジャンルで戦いました。
19歳の時、ある仕事で知り合った弁護士から「クライアント(相談者)を増やしたい」と相談を受けて、集客施策についてアドバイスしていました。芋蔓式の紹介で地元(岡山)の弁護士の集客を担当。ふと「そもそもトラブルを抱えた相談者を集めれて紹介料をもらえばいい」と思い、を進めていたものの、弁護士法の関係で面倒なことが多くなり、ヤクザに脅されたり、警察にも釘を刺されて足を洗う。自主廃業。
当時は「マーケティング」という言葉も知りませんでしたが、実はキャリアの一番最初にマーケティングの実行からコンサルティングまでやっていたのでした。実は。
突飛な仕事・商品を除けば、顧客の身に立って考えれば集客はさほど難しくはないのですが、多くの人は目の前の業務に向かいすぎて、メタ視点に至らないものです。
20代前半:学習塾の経営
ある弁護士の紹介がきっかけで、学習塾もしました。現場(講師)経験はなしで、経営から入りました。仕事を覚えるために別の塾でバイトもしたり、家庭教師もやりました。
とはいえ、教える仕事は最初の1年くらいで、あとは集客(生徒募集)と経営(講師集め、仕組み作り)がメインでした。当時の岡山で、僕より教えるのが上手い講師はたくさんいるけど、所属生徒を総体で見て僕より成績を伸ばしたり、利益を出す人は少なかったのではないかと思います。

儲かる塾の作り方は決まっています。何に強い塾か認知される、人柄の良い講師を集める、生徒の自習時間を増やす。この三つの柱のためにいろんな施策を打つ。広告も大事ですが。
26歳:流浪の旅に出る
2011年3月。ちょうど東日本大震災があった頃。塾の仕事が嫌いではなかったのですが、10代からずっと仕事ばかりに疲れて、経営を譲渡して身軽になりました。半年間の準備をしていたとこ
ママチャリで東京まで走ったり、

被災地でキャンプ生活をしながらボランティアをしたり、
秋から国外へ。中東イスラエルの屠殺場で働いたり、

イスラエル国防軍(IDF)に入隊したり、

翌年(2012年)、イスラエルで図らずもオーバーステイ(不法滞在)して、貨物船でギリシャに逃げたり、

最後は陸路で、アフリカのサハラ砂漠まで到達して、お腹いっぱいになり、帰国しました。実はこれが初めての一人旅でしたが、1年半も国外でフラフラ生活をしていました。
すみません。「マーケティングの仕事を始めたきっかけ」の話からだいぶ外れてしまいました🙇
28歳:また仕事をするようになる(脱ニート)
友人の学習塾のサポートをするために大阪に引っ越して、また塾業をやることになります。同じように経営をしつつも、この頃からスマホが一般的に普及して、都市部の店舗ビジネスではウェブサイトでの集客が大事だなと痛感することになります。
30歳:上京(またニート、というかヒモ)
「20代のうちに東京で仕事がしたい!」とはずっと思っていたのですが、特にやりたいこともビジネスのアイデアもなく、そのまま仕事を託して、東京に出てきました。彼女(現在妻)の部屋に転がり込んで、ヒモ生活を送っていました。仕事はしていません。無計画人生。

31歳:結婚と同時にベンチャーの営業・マーケティング

いよいよ働かねばと思いつつも、履歴書を書いたことも就職活動したことがなかった。昔のツテで教育系のITベンチャーの立ち上げに参加。まずは泥臭い営業で契約書を取るまで帰らないスタイルで売上を伸ばし、その後マーケティングを取り入れ、部下が増えてマネージャーになりました。どんどん会社を大きくしていきました。

2020年、退職。最後は喧嘩別れ的な面がありましたが、経験は積めました。
その後、この企業(株式会社学びエイド)は2024年に上場します。

副業として始めたマーケティングにのめり込む
話は少し遡り、2018年。ベンチャーが黒字化したタイミングで、人的な問題で将来的な不安を感じ(使い捨てられる不安)、個人での仕事を増やします。この頃、IT系を中心に若者に副業ブームが到来していました。
個人が自分のスキルを売って稼ぐというのがどんどん簡単になっていきました。

出会い系、転職サイトのアフィリエイト
最初に始めた副業。親友が出会い系の広告をやっていたこともあり、うまく乗っかることができました。バイトを雇って回していました。
当時はマッチングアプリが伸び始めていて、それに対抗しようと出会い系サイト(古参勢力)が広告単価を釣り上げて時期です。
マッチング系のアプリで金を払うのは男です。男があぶれている。しかし、金だけ払わされるケースが多い。これは非対称です。ということで男のニーズを深掘りしていきます(マーケティング重要!)。「女の子と出会いたい」を分解していくと、やりたい、付き合うつもりはないけど遊ぶ子が欲しい、みたいなニーズも根強いです。
そこでマッチングアプリの最適化についてクリーンなワードで記事を出しつつ、最終的には出会い系アプリに流すという手法に落ち着きました。うまくハマりました。
そのほかアダルト系のASMRコンテンツなどを作ったり、いろいろ実験もしつつ。同時期に転職サービスの広告もやるようになりました。転職も職探しもしたことがないので想像で進めていましたが。
この頃から数字の分析や新しいツールの運用が得意になりました。

学習塾・予備校、EdTechの広告・集客コンサルタント
学習塾の経営は経験があり、古巣塾の集客もウェブで賄えるようになっていたので、その手法をいろんな塾に提供しました。零細企業が多いものの、長く続けることになります。
オンラインサロンJUSTの運営
学習塾の経営者・講師が集まる「オンラインサロンJUST」を運営しています。


SaaS企業の営業支援、マーケティング

SaaS企業、特に東京のベンチャーはマーケティングの前に、営業(物量、行動量)が足りていないことが多いです。このあたりから営業支援も取り入れるようになりました。ビシバシ鍛えていくという。これが実は僕自身の転職につながります。
その時の経緯や、転職先での仕事についてはこちらの記事に詳しく書いています。

最終的にこの時の経験が長らく僕の飯の種となり、現在に至ります。
モノを売るのは大変ですが、やり方はそこまで難しくありません。認知の取り方・見せ方、分析のやり方(実は難しくない)をマーケティングで模索しつつ、特に企業向けのサービスであれば、最後は営業で売り込めば十分利益が出ます。
現在は専業のマーケター
2024年9月に会社員を辞めて、フリーランスのマーケターとして活動しています。非常に運が良いことに独立初月からお仕事をいただき、その後も途切れることなく紹介をいただいて、独立して一度も集客活動をすることなくマーケティング要員またはコンサルタントして活動しています。
と言いつつ、2026年は・・・
現在、新規での案件は受け付けておりません。すでに手一杯であることに加えて、今年からブラジリアン柔術の仕事にブーストをかける予定です。
とはいえ、「ちょっと話聞いてよ」「おもしろい話があるよ」、そんな場合はこちらからご連絡ください。
ダイエットで始めたブラジリアン柔術が今では仕事に
副業や趣味で始めたことがその後の仕事になったように、ダイエットで始めたブラジリアン柔術が現在の仕事の一つになっています。
ブラジリアン柔術とは、打撃のない総合格闘技と言えばいいのか。柔道(立技メイン)の技術に寝技の要素を強くした競技です。現在競技人口が世界中で伸びています。

僕は2022年3月から始めて、現在は紫帯です。(5段階の3番目のレベル)
競技者として試合にもよく出場しています。
ブラジリアン柔術を始めたきっかけについては以下の記事に詳しく書いています。

仕事としても
塾コンテンツの仕事をしていた時の縁で、竹浦正起さんが代表を務める「BJJ LAB」のマーケティングを担当しています。記事を書いたり、教則動画を販売をしたり。コンサルティングではなく、僕自身が手を動かしてガッツリやっています。
昨今の柔術人気も相まって、競技者では知らない人はいないくらいの規模になりました。

また、今度は竹浦さんの紹介で、(株)東洋マーシャルアーツディストリビューションの新ブランド「Posture_Method,Dimensions_」の営業マーケティングの仕事もやっています。
2025年年末にはポップアップストアの開催に合わせてECサイトの構築を担当しました。


2026年はBJJ LAB、P_M,D_に専念します。もちろん競技者として柔術を楽しんでいきます。
ブログを始めたきっかけ
さて、最後になりましたが、ブログを始めたきっかけについて語ります。
みなさんブログはお持ちですか? もし持っているならぜひつながりましょう。
最近はnoteで記事、音声も簡単に作れて、有料販売までできます。個人で発信するならnoteとYoutubeだけで十分だと思います。
初めてのブログ運営は小説サイト
2006年、「魔法のiらんど」というサイトでガラケーで小説を書き始めました。当時は「ケータイ小説ブーム」というのがあったんです。懐かしいですね。いろんな人が表現意欲をぶつけるために小説を書いていた。
当時の僕は弁護士への斡旋業務をやっていて、その中の一つは債務超過で逃亡した債務者を見つける手伝いをしていました。いわば探偵業(というか事件屋?)とも言えます。自分の実体験をデフォルメして、小説を書いていました。
ケータイに小説にとどまらず、原稿を書き続け、五作目を書いたところで、新人賞にも応募をしました。講談社の新人賞で最終選考の一つ前まで残りました。マイナーな出版社から商業出版を持ちかけられたことがありましたが、大手にこだわって蹴るという(少し後悔)。
今となっては懐かしいのです。魔法のiらんどには、ブログ機能がありました。「小説のついでに・・・」くらいのテンションで始めたのですが、たくさんの人に読んでもらうようになりました。
その後は上記の通り、学習塾の経営や海外での生活があり、あまりブログを書くことはありませんでした。
それから10年があっという間にすぎました。
2017年、WordPressと出会う
自分でWordPressの勉強を始めたきっかけは、学習塾の経営者の勉強会である女性にブログ運営について話を聞いたことでした。

佐々木恵(めぐ姉さん)
勉強やる気ナビ
めぐ姉さんとは学習塾経営者の集まりで知り合いました。
帰宅後姉さんのサイトを見たらすごく素敵だったので、どこに発注したのか聞いたところ、「自分で作っています」との返答。
「ウェブサイトって自分で作れるの!?」
当時の僕の知識では、
「自分でサイトを作る人=プログラミングができてウェブの専門課程を経ている人」
というイメージでした。
たしかに一昔前はそうだったかもしれませんが、レンタルサーバーの増加、WordPress、プラグインの充実などで、無料ブログを作るのとさほど変わらない手間でオリジナルのサイトが作れるようになりました。
ちなみにめぐ姉さんからは「作るのは簡単ですが、書き続けるのは大変ですよ」と言われましたが、これは重要なアドバイスした。
その後、教えてもらったノウハウサイトを見て、さっそくレンタルサーバーを契約。
いきなりビジネスサイトを作る
さて、何から作ろう・・・?
趣味のブログを書くには忙しすぎる。やはり稼げるサイトでないと意味ない。
そう思って、所属する会社、僕個人、それぞれに利益になるものを作ることを決意してサイトを作り始めました。
偶然ってこういう時にやってきます。
ちょうど同じ時期に、以前一緒に仕事をしていた友人から集客(生徒募集)について相談を受けました。
僕が塾業をやっていた頃の集客といえば、校門前や駅前でビラを配る、各家庭に新聞折込チラシを配るなど。
基本的に、自分から営業かけていくしかありません。(プッシュ営業)
僕は東京で暮らしているし、これまでのやり方では直接生徒募集の手伝いはできない。
どうしようか・・・うーん。
あ、そうだ!ネット上に箱を置いて、そこに来てもらえばいいんだ!
サイトが自社に合ったお客さんを見つけてきてくれる

「最寄り駅名+学習塾(塾)」で検索1ページの上位に表示されました。その後いろんなキーワード(「●●高校_対策」など)で上位を取り、このサイトを作って以来、全ての問い合わせは僕が作ったサイト経由です。
僕が寝ている間にもお客さんはこちらを見つけ、内容を読んで趣旨を理解して、気に入ってから問い合わせをくれます。
一方で、自分からガンガン営業をかけていくと、自分のサービスに合うお客さんは来てくれません。
そりゃそうですよね。見込みが薄くてもとにかくお客が欲しいという状態ですから。
月間3万PVになり、各記事が勝手に営業してきてくれます。
恐るべし!ウェブ集客!みんなチラシなんて大して見ていないんですよね。
そのうちいろんな経営者から「うちのホームページも面倒見て欲しい」と声をかけられるようになりました。ブログを書いていたおかげでたくさんの仕事につながりました。現在のマーケティング業務の中心もライティングなので、ブログで飯を食ってきたと言っても過言ではありません。
ブログ運営は大変だけど、楽しい
ウェブの技術を身につけてから、多数の企業のウェブサイトの中身を見ています。ウェブ広告も強くなりました。SEO対策(Google検索で上位を取る方法)ではそれなりの知見があります。
気づけば仕事に追われて、あまり自分の楽しみとしてのブログは書いていなかった時期もあります。それでもまた個人ブログを続けています。このブログもすでに9年目を迎えました。
運営していた経験にウェブスキルが乗っかり、さまざまなお悩みに応えられるようになりました。
最近は気軽に文章、動画を投稿できるし、多くの人が見ているのはSNSです。それでもブログが一番素晴らしいメディアだと思っています。あらゆるウェブスキルの中心にブログがあるようにも見えます。
すごい技術はいりません。サイトの外見・デザインは外注してよいですが、やはり自分で運営していくのが一番です。
このブログでは、サイト運営のほかに個人が自分の名前で仕事を取ってくるテクニックについても解説します。
読者のお役に立てたら嬉しいです。コメントお待ちしております。
延藤素康

