イスラエルの屠殺場で働いていた話 〜豚はいかにして食卓に運ばれるか〜

旅・移住のこと

どうも元イスラエル軍兵士のノブです。

僕は1年ほどイスラエルに住んでいたことがあります。

イスラエルで最初に勤めた場所は豚の屠殺場でした。毎日朝から晩まで豚を育て、殺し、捌いていました。

今回は豚がどのように食卓に運ばれるかについてお話ししたいと思います。

ご注意
本記事には肉片などの写真があります。食糧なので過度にグロテスクな写真はありませんが、耐性が低い方は読まないことをお勧めします。

きっかけ

イスラエルに渡航してキブツボランティアという制度を利用して、キブツで労働しながら生活することにしました。ワーキングホリデーみたいな制度です(かなり違いますがイメージ)。キブツについてはまたどこかで書こうと思います。

仕事はいくつもあるのですが、できることにはそれぞれレベルがあります。当時僕はヘブライ語はもちろん、英語もほとんどできなかったので、選べる仕事の種類がほとんどありませんでした。

キブツボランティアオフィスに仕事を探しに行き、仕事リストを見ていると、その中で「Meat Factory」というのを見つけました。「経験不問、語学力不問」とも書いてありました。

担当者にこれはなんですか?と訊ねてみると、

「これは食肉工場よ。〜〜」(その後の英語が聞き取れなかった)

豚をパッキングしていく作業をイメージして、応募することにしました。

ここで得た教訓を一つ

言語ができないというのはそれだけであなたの価値は低くなります!

あなたが国内でいくら高級な仕事についていようともその国の言葉ができなければ体を使う仕事しかできない、ということです。

表現できなければゼロだ。

文明とは伝達である、と彼は言った。

もし何かを表現できないなら、それは存在しないのも同じだ。いいかい、ゼロだ。

もし君のお腹が空いていたとするね。君は「お腹が空いています。」と一言しゃべればいい。僕は君にクッキーをあげる。食べていいよ。(僕はクッキーを一つつまんだ。)

君が何も言わないとクッキーは無い。(医者は意地悪そうにクッキーの皿をテーブルの下に隠した。)ゼロだ。わかるね? 君は喋りたく無い。しかしお腹は空いた。そこで君は言葉を使わずにそれを表現したい。ゼスチュア・ゲームだ。やってごらん。

僕はお腹を押さえて苦しそうな顔をした。医者は笑った。それじゃ消化不良だ。
消化不良・・・。

『風の歌を聴け』村上春樹

現地に移動

住居は用意されている。いくつかのフラットが並び、そこに外国人(非イスラエル人)が居住している。

単身とシェアがあるが、僕は韓国人のカンと一緒に住むことになった。カンはなかなか頭のキレる男だったが、反日感情が強かった。

出会った初日に「トクトー(竹島)についてどう思う?」と聞かれた時には面食らった。

翌朝、僕はロニーという外国人労働者のマネージャーに連れられて屠殺場に赴いた。

屠殺場は、英語でslaghterhouseという。カート・ヴォネガット『スローターハウス5』を彷彿とさせます。面白い小説なのでぜひ読んで見てください。映画も素晴らしいです。

ヘブライ語では「ベイト-ミットゥヴァハイム」という(ベイト=ハウス)。これはパワーワードらしく、僕がヘブライ語でこの言葉を出すと、イスラエルじんはみんな目をぎょっとさせた。

初日・第1週:ダンボールをひたすら作る

工場につき、マスクとキャップとゴム手袋、さらに白衣を着る。

最初に命じられたのはダンボールを組み立てる作業。どうやらダンボールを組み立てる機械が壊れたらしい。朝から晩までひたすらダンボールを組み立てる。

あまりに単調なので面食らったが、「世界一速いダンボール組み立て職人になってやる!」と意気込んだ、というかそれくらいの気持ちじゃないとやれなかった。

最短で作るにはどの角度でテープを切ればいいか、頑丈にするにはどのラインに何センチ・ミリでテープを貼るか、など工夫しながら黙々と仕事をしていた。

ご対面

2週目に入り、ダンボールの仕事から解放されて、他の行員の仕事を補助することになった。

「おい、Suzuki!」と誰かが呼ぶ。

僕が日本人だからか、トヨタとスズキとかホンダとかみんな適当な名前で僕を呼ぶ。(イスラエルで走っている車の2台に1台は日本車)

振り向くと、ロシア人がローラーのついた大きなボックスを力一杯押していた。手伝えということらしい。

うおっ( ゚д゚)

まるで仏様みたく穏やかな顔。

首の切断面がサラミみたく、ピンクとホワイトのまだらになっている。凝視できない。

指定された場所に運び終えると、ロシア人は三本指を立てて、ダンボール箱を指す。

『箱に頭を3つ詰めろ』ということらしい。

半分目の開いた豚が僕の方をじっと眺めてくるようだった。目を合わせないように虚空を見つめて作業をする。

どこを掴めば良いのかわからない。首の断面はグロテスクだしあまり触りたくない。
するどい歯があるので気をつける。

作業に取り掛かってすぐ「いやいや、この箱に頭三つは無理だろう」と思った。

しかし、先ほどのロシア人が戻ってきて、こうやるんだとばかりにどっさっと豚の頭を詰めてナイロンテープで箱を縛る。

上から見ると、鼻と首の切断面は台形になっている。(数学では四角錐台という)

知育パズルのように顔面のカーブに合わせて向きを交互にすると、うまく収まるようになっている。なるほどと思った。

子供が大きくなって初等幾何を学ばせるときには、屠殺場に連れてこようと。

一週間は同じような日が続いた。

その後捌く作業を担当し、1ヶ月後には豚を絞める仕事を任されることになった。

屠殺は大変な仕事だけど、実は花形の仕事である。

屠殺・腑分けの仕事をするものは赤い作業着を着る。もちろん血が目立たないようにである。

ここで豚を屠殺(とさつ)・屠る(ほふる)行程についてご説明します。

日本語だと「〆る」とか「落とす」と言いますね。豚や鶏の場合には「つぶす」ということもあります。

1. 豚の屠殺

1. 豚を屠殺スペースに追い込む

豚は賢い生き物だと思う。順番に屠殺していくんだけど、次に自分がどういう運命をたどるか悟っているように、そわそわしたり咆哮する。嫌がる豚も多いので、大人二人がかりでスペースに追い込む。

屠殺ルームはとにかく暑い。温度を上げて血流を促し、血抜きがしやすくなっている。

2. 電気ショック与える

伐採用の大きなペンチみたいな道具があり、先端が電極になっている。高電圧をかけて気絶させる。バチっと鈍い音が流れるやいなや豚は倒れて痙攣する。

3. 気絶したら素早く首にナイフを入れて、頸動脈を切断する

ここで素早くナイフを首にあてがう。一気に首を落とすくらいの勢いでナイフを入れる必要があるが、骨に当たるのでだいぶ練習が必要だった。

4. 血抜き

ストローのもう少し太くしたスチール製のパイプ(先端は尖っている)を脇の下など動脈が流れている所に何本も打ち込む。まるでポットから水を注ぐようにどぶどぶと血が流れ出てくる。一気に血抜きする。この血はソーセージなどに使われる。

毛を取り除く。それぞれの過程で専用の道具・スペースがあり、効率よく行われる。

2. 肉の処理

  1.  洗浄
  2. 首を分ける
  3. 内臓を摘出します
  4. 肉を切り分ける
  5. それぞれの部位の用途に従って切り分けていく。

豚はデブではない

「この豚野郎!」とか、「豚のように」など、豚は太った人の比喩として使われます。

しかしながら、豚って脂肪分はそこまで多くないんです。牛のほうが脂肪分高い。

筋肉があり、力は強い。豚は身が引き締まってヘルシーです。

3. 内臓の処理


肉から切り出された内臓はほぼ一本に繋がっている。食道から直腸まで。そこにいろんな臓器がくっついている。

食道、肺、肝臓、腎臓、心臓、膵臓、胃、大腸、小腸、直腸。

それぞれをナイフ一本で切り分けていく。

4. パッキング

内臓をそれぞれパックにしていく。基本的に豚は爪と骨以外はすべて食べることができる。

5. 冷凍・運搬

その後冷凍にする。中には冷凍したほうがスライスしやすい部位もあるので、冷凍後に着ることもある。

僕が務めていた会社は、イスラエル北部のハイファ市(横浜みたいなところ)の大型スーパーに卸していた。

そこでさらに家庭用のサイズに切り分けられ、売られていく。

ちなみに、ユダヤ人(多くのイスラエル人)は宗教上の理由で豚を食べません。主に外国人や、外国人向けのレストランなどで食べられます。

そのことについてはまたどこかで書きたいと思います。

こうして豚は食卓にのります。

0. プラント

この工場では豚の飼育も行っている。

赤ん坊の時からしっかりと餌をやって、大きく育ってきた頃に屠殺される。中には子豚のうち食べられる豚もいる。

彼らは人間に食べられるためにここに産み落とされ、屠られる。

残酷なようだが、豚を食べる人がいる限り、動物たちは効率よく育てられて食糧に仕立てられていく。

犬は多くの人は食べないけど、一般家庭で飼われる。売り買いされる。供給が過多であれば殺されることになる。人間の欲求に応えるためにボロボロになるまで子供を産ませられる犬もいる。

人間って罪深い生き物だなと常々思います。

人間以外のほぼすべての動物はその運命を人間に握られている。

ところで、人間は何のために生きているのだろうか? 人間は人間のために生きているのか?

(話を戻します)

僕には屠殺場工員の素質があったらしい

僕が働く屠殺場には40人ほどの行員がいるけれど、そのうち10人は毎月のように入れ替わっていた。賃金はそれなりにいいんだけど、汚い・臭い仕事なので、どんどんやめていく。

ある時にはフランス人の女の子が豚の頭を見て気絶したことがある。男でも血を見て気持ち悪くなって吐いた人もいる。

この工場は多くはロシア移民。他に仕事もないからずっと働いている人が多い。ロシア移民専門の斡旋業者害いるのでやめても次々と人員が補填される。

語学訓練でもあった

僕はとにかく毎日いかに楽しむか、いかに効率よく作業を極めるかを考えていた。

当面の生活費には困っていなかったら、イスラエルで生活することは自己投資だと考えていました。

あとはヘブライ語とロシア語を覚えるのに必死だったからいい勉強になった。

工場の機器には注意書きがあるのですが、どれもヘブライ語かロシア語なのでよくわからなかった。下手すると体の一部を失いかねない。

これは必死で覚えるしかない。インターネットを辞書を駆使して、あとはロシア人に聞いて、そのロシア語を露英辞書で引き直したりして、実用的に語学を吸収しました。
身体の危険が迫る内容はすぐに覚えられます。人間の記憶というのは面白い。

まとめ

ここまで読んでいただきありがとうございます。

グロテスクな部分もありますが、みなさんが食事として食べる豚肉というのはたくさんの人が関わっています。

当たり前のことですが、切り身が自然発生的にあるわけではないということはわかっていただけたかと思います。

屠殺場で学んだことは計り知れません。またこのブログで綴りたいと思います。

それじゃまた。

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