どうもブロガーのノブトウです。

東京に住み始めて3年半が経ちます。

毎日どこかのタイミングで自分が東京にいることを自覚します。

「あー、東京で生きているんだなぁ」って。

良い意味で言う時もあれば、悪い意味で言う時もあります。

それだけ毎日刺激を受けているということでもあります。

岡山や大阪に住んでいる時にはそういうことはありませんでした。

(大阪では暴力的トラブルという意味の刺激はありましたが汗)

初めて東京に住もうと思って、気づくと12年が経っていました。

でも焦って飛び乗って29歳11ヶ月目に上京したわけではありません。

いろんな偶然、それも二人の人物との出会いで東京に来ることができました。

何度も諦めても心の中に保ち続けたことはいつかは実現します。

昔こういう話を聞くたびに

 

うさんくせぇʅ(◞‿◟)ʃ 

 

とか思っていますが、今ではそうは思いません。

たくさんの友人にも起こっていますし。

僕には他にもこういった経験がたくさんあるのですが、一番実現まで時間のかかった東京への移住について書こうと思います。

長い話になると思いますが、付き合っていただけると嬉しいです。

2014年6月11日に書いた手帳

1回目. 2003年8月:初めての上京

僕が初めて東京に住もうと思ったのは、2003年のことです。当時18歳の高校3年生でした。

大学のオープンキャンパスで岡山から東京へ。ちょうど飛行機が安くて往復で2万円。初めて乗った国内便でもあります。

今考えてもおかしな話ですが、エレキギターを担いでました。

オープンキャンパスはそこそこ切り上げて、南千住の安宿に泊まったり、渋谷のスクランブル交差点に行ったり、皇居をぐるっと散歩したり、六本木で有名ギタリストに遭遇してサインをもらったりと、楽しい時間を過ごしました。

東京に行くぜぇと意気込んでしゃかりに勉強したものの、残念ながら第一志望大学に落ちてしまい、東京移住は延期。。。

どういう因果なのか、今僕が働いている場所は、その落ちた大学の目の前です。なので毎日キャンパスを見かけて、懐かしくもあり悔しい気持ちを思い出すことがあります。

3回目. 2006年3月:東京で大人の遊びをする

都内に住む友人(大学生)の家に遊びに行きました。

大人の遊びといってもフーゾク行ったとか、キャバクラ行ったりではありませんよ。(為念)

できたばかりの表参道ヒルズに行ったり、歌舞伎町で騒いだり、ヤ●ザが経営する裏DVD屋に潜入したり(笑)、刺激に満ちた旅行になりました。

「東京いいな!」

と数日は興奮したものの・・・。

その後仕事で何度か上京したが動かず

個人事業や学習塾の管理を始め、仕事で何度か東京には来たものの、仕事が終われば帰るのみ。

当時付き合っていた彼女とも旅行で来ましたが、東京という場所を楽しんだという感じではありませんでした。

岡山でのビジネスもそれなりにうまくいっていたので、いつか東京に引っ越そうという気持ちは薄れていました。

「この歳で東京に出て一からできることってあるのか?」などと移らない言い訳ばかりしていたように思えます。

そうして数年が経った頃に新たな転機が訪れました。

2010年5月. カメラマンFさんとの出会い

20代のうちにはと考えて、いつの間にか20代も後半戦に差し掛かったころ。

共通の友人を通じてFさん(男性)と知り合いました。Fさんは東京在住のカメラマン。バックパッカーでもある。(僕がバックパッカーになったきっかけでもあります)

初めて会ったのは地元での合コンでしたが、女の子そっちのけでずっとFさんと話しこみました。東京の話を聞いて、また上京熱が沸き起こってきました。

Fさんの早く東京戻りたい話

その後Fさんが岡山に帰省するたびに会い東京の話を聞いている中で、よく「あー東京戻りたい」というセリフを聞きました。

せっかく地元に戻ってきたのにそれでも毎日いる東京に戻りたくなるのか?

東京はギスギスしてそうだし。

東京の魅力の誤解

東京って賑やかだし、たくさん遊ぶところも多いけど、そんなに楽しいのかな?

地方に住む人はよく間違えると思うんだけど、東京の魅力は渋谷・新宿・六本木などではない。

何でもモノが手に入りやすいとかそういうことでもない。(今はアマゾンもあるしね)

魅力的な人が多い。そういう人と出会えるチャンスに恵まれている。

2011年3月. 部屋探しの三日前に

2011年3月。仕事を完全に辞め、後任に託して、いよいよ東京に出る予定で準備をしていた。

3/14にFさんの家に泊めてもらい、それから部屋を決めるつもりだった。

ところが、2011年3月11日に未曾有の震災が起こる。

計画停電が行われることになったり、東京の水道でも放射線が計測されるなど、東京にも混乱が生じていた。

Fさんに相談してしばらく様子を見ることに。結局また東京行きを逃してしまった。

その後わけ会って岩手の沿岸部で4ヶ月ほどボランティアをし、秋にはイスラエルに移住した。その後一年日本には戻らなかった。

2014年9月. Aさんとの出会い

2014年、20代最後の年を大阪で過ごしていました。友人と塾を運営しそれなりに生活にも満足していました。

Aさんという素敵な女性との出会いがありました。Aさんは東京に住んでいて、僕がいつか東京に住みたいという話をすると、

Aさん「来年仕事やめて海外にワーホリ行くから、うち使っていいよ。1年くらいで戻るし、また引っ越すのh大変だし、お互いいいんじゃない?」とのこと。

無職の状態で引っ越すには何かと審査の面で苦労があるので、いい話だなと思いました。

2015年4月、30歳の誕生日の1ヶ月前に東京に引っ越しました。その後しばらくフラフラしたもの、ベンチャーに誘われて、今は自営と並行しつつ楽しく仕事をしています。

長い話でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

終わりに

今思うと東京に引き寄せられたというより、東京移住のきっかけとなるキーパーソンを上手く引き寄せたと言っていいのではないかと。そして彼らといい関係性を保てたことが大きな要因だったと思います。

ちなみに、Aさんはその後海外に行くことはありませんでした。

今は僕の妻になり、この12月には子供が生まれる予定です。

子供が生まれるまであと113日。それまでになんとか100記事を目指したいと思います。

それではまた。

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