そのほかはノブトウの回想録です。イスラエルは僕にとっての第二の故郷でした。貨物船でひとり故郷を去る人の回想に興味がある人はどうぞお読みください。
前回までの話:
イスラエルに住んで9ヶ月目に突然不法滞在になってしまう。ビザをうまくごまかして世界一出国審査が厳しいイスラエルから出る方法を模索する中で、貨物船に船員として乗り込むという方法を見つける。
≫目次:『世界一出国審査の厳しいイスラエルからギリシアに船で脱出する方法【不法滞在経験者は語る】』
≫第1章:『こうして僕はイスラエルで不法滞在者となり、日本に見捨てられた』
≫第2章:『イスラエル脱出ルートの模索:厳格な空路、不安定な陸路』
≫第3章:『イスラエルからギリシャへの出国:航路という選択肢』
≫第4章:本記事
(近所の犬が遊びに来た)
出発の前夜は一睡もできなかった。
日本の友人・家族に連絡して、しかるべき人に挨拶をして、イスラエル人の友人たちには手紙を手渡した。
あとは荷物の整理・・・。
90Lリュックでは足りず、さらにショルダーバッグを二つ。両肩にクロスしたら、旧日本軍の兵のようだった。
重量を計ったら18kgに達した。明らかにオーバーウェイト。
このころは、4,5日のバックパック旅行しか経験したことがなかった。
友人たちとの別れ
(友人たちとの別れ)
イスラエル時代に付き合っていた彼女は前日に引越し、また別のずっと微妙な関係だった女の子とは最後に仲直りをした。僕が急遽イスラエルを出なくてはならなくなり、ちゃんと話ができないままだった。
“Keep in touch! Moty!”
“Keep in touch. My friends”
乗り合いバスの聖人
みんなに別れを告げ、ハイファ港に向かう。
いつも使っていた道なのでお金はぴったりユーロに交換して、残ったお金は学校に寄付した(数千円だけど)。バス代以外のお金は持っていなかった。
しかし、最後の最後でバスがこないというトラブルが起こる。
イスラエルのバスは比較的時間を守るのだが、待っても全然来ない。仕方なく、シェルート(乗合バス。ワゴン車)に乗ることにした。バスよりは数百円高い。そして僕のポケットにはお金がない。
とりあえず乗り込んだものの、どうしようか迷っていると、浮浪者のような身なりの汚い男が乗り込んでくる。
汗くさい。こいつお金持っているのかなというような身なり、と思ったのは一瞬のことで、それどころではない。
(・・・ポケットに入ったユーロで払わせてくれないだろうか)
ハイファ駅前にシェルートが着き、交渉しようとしていると、隣の小汚い男が口を開いた。
男は流暢な英語で「あんたこれから旅に出るんだろ。楽しんでくれ」と言って、そのまま僕の分を払って車を降りた。
荷物をおろしてシェルートを降りた時には男の姿はもうなかった。なんて失礼なことをしたのだろう。僕は彼のことを蔑んでいたことを恥じた。そしてなお一層自分が旅行者に会った時には優しくしようと思った。
血まみれのアレックスの見送り
ハイファ港に着き、船会社に行く。すんなりとチケットをもらった。パスポートを預ける。「手続きを終えたら船長にはパスポートを渡しておく」と、船会社の男は言った。
チケットを握りしめて港のゲートに向かった。ゲートにつづく道路はアーチ状になっていて、線路をまたぐ形で港側に伸びている。
アーチのてっぺんにさしかかったところで小さな人影が見えた。
スウェーデン人のアレックスだった。
アレックスはヘブライ語学校の元クラスメイトだったが、ある夜酒を飲んで暴れて流血事件を起こし放校になった。ガラスで手を切り、失血で入院していたので、まだ手は治っていなかった。学位もあり非常に賢く優秀な男だったが、唯一の欠点である酒癖のせいで人生をずいぶんと損している。
彼とはずっと仲が良かったが、放校後すぐに彼が引っ越したので、会うのは1ヶ月ぶりだった。彼がイスラエルで会った最後の友人だ。
あれから7年経つが、あの頃できた友人とはまだ一度も会っていない。
(治療中の手を隠して笑うアレックス)
マイ・シャローナ
港の待合所でメールをチェックしていると、シャローナからメールが入った。
「もし時間あったらちょっと話せない?」
シャローナはユダヤ人で同級生だった。いっとき付き合っていたが、色々あってそのうちお互いに距離を取るようになり、最終的に前述のアレックスと付き合うことになった。それから僕とシャローナは友人に戻り、学校で会うときも普通の友人として接した。
大した話はしなかった。というより、wi-fiの電波が悪すぎて途切れたり、水の中で糸電話をしていうなひどい通信状況だったのだ。
僕がビザ更新を失敗したこと、しばらくイスラエルに入れないことは伝えていた。前夜にも話をしていた。
「私たち次はいつ会えるかわからないけど、ずっと友達だからね。あなたがイスラエルに戻って来れないなら私が日本に遊びに行くわ」。
たしかそんな話だったと思う。
その後彼女とは何度かメールのやり取りをしたが、それが彼女との最後の電話になった。
共通の友人づてにアレックスと別れた話は聞いたが、その後連絡は取っていないので、今何をしているかも知らない。
出国審査
ガラス張りの建物に入ると、カウンターで女性スタッフが一人で黙々とキーボードを打っている。
とりあえず待っておけばいいのかなと腰掛けた瞬間に、後ろから現れた女性の職員が話しかけてきた。体格がよく、肌はかっ色、長い髪を後ろに縛っている。腰には銃を下げている。
「チェックは済ませたか?」という。行き先を訊かれて正直に「ラブリオだ」と答える。
「アテネのアブリオか? 船員? ビザは?」
「もう手続きを終えたので、船長の手元にあると思うが、定かではない」と答えた。
「ふーん」と眉を上下に動かし、荷物検査をするという。荷物を全て見られたが特に問題はなかった。
Good Luckと言って、彼女はどこかにまた消えて行った。
船会社のおっさんがミニバイクでオフィスにやってきた。
「全て手続きは終えたから船に行っていいぞ」
入船
船は思った以上に大きかった。大型トラックが10台は入る。男たちが荷揚げの作業に勤しんでいる。車やフォークリフトが何度も行き来する。
誰に声をかけていいのかわからず、その辺に転がっていた椅子に腰かけていると、大柄の男が近づいてきて、「お前は誰だ? トラックの運転手か?」と訊かれた。
「違う。RosenFeldに頼んでギリシャまで行く者だ」
「あー、なんか言ってたな。ここは邪魔だから船の中に入れ」、そう言って若いスタッフに命じて僕を船中に案内させた。
部屋はこんな感じ。個室になっていて快適。
海が見渡せるが、半日で飽きた。それが4日間も続いたので、しばらく船の旅はごめんだと思った。
バハイ宮殿が見渡せる。これがイスラエルの最後の風景になった。
https://www.haaretz.com
Wi-Fiはない。これから四日間とにかく大人しく船で過ごすことになる。
開放感と安堵感で、僕はいつの間にかベッドで眠っていた。
ーーーどこか遠くの方で「日本人はどこだ?」と叫ぶ声が聞こえた。音はどんどん近づいてきて、ドアの前で足音は止まる。その誰かは開けろとドアを叩く。警察かと思う。僕はここで捕まってたまるかと、ロックしたドアにさらにハンドルに力を加えて歯を食い縛るーーー
リアルな夢だった。
出航
起きたのはちょうど船が動き出したところで、19時になっていた。4時間近く出航は遅れていたようだ。まあいいさ。とにかく僕はイスラエルを脱出できたのだ。
船が岸から離れるにつれ、バハイ宮殿の、地上から丘の上まで伸びる2列の並行な灯りがどんどん近づいて一本になる。
ハイファの街は海と夕方のもやに光を反射させていた。
僕はデッキに出て、街と海を見つめた。
右側に別の街が見えては消え、周りは海だけになり、そのうち漆黒の闇と船が生み出す波の音だけになった。
≫次回の記事は
『【貨物船内の様子】ナンパ用ギリシャ語、一夫多妻制の苦労を学ぶ』
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