前回の記事:『イスラエル脱出ルートの模索:厳格な空路、不安定な陸路』
突然ビザが切れてしまい、イスラエルにとどまれなくなる。外務省にも見捨てられ、他の方法がなくなった僕はあらゆるルートを探す。正式ルート、非公式ルート、陸路、空路・・・最後に行き着いたのが船でのイスラエルからの脱出だった。
≫目次:『世界一出国審査の厳しいイスラエルからギリシアに船で脱出する方法【不法滞在経験者は語る】』
≫第1章:『こうして僕はイスラエルで不法滞在者となり、日本に見捨てられた』
≫第2章:『イスラエル脱出ルートの模索:厳格な空路、不安定な陸路』
≫第3章:本記事
イスラエルから船で他国に出る方法は、『地球の歩き方』には書かれていない。外務省のHPにも書かれていない。
世界で最も売れている旅行ガイド本『Lonely Planet』には、「以前は船でも行き来ができた」という簡単な記述があるだけにとどまる。
当時の航路について
2012年6月当時、イスラエルに出入りする客船はなかった。
調べたところ、2010年までは客船を運行していることがわかった。
諸外国との関係の悪化、難民問題、ガザの救援物資を運ぶ船がイスラエル軍に沈没させられた事件の影響で、2011年秋には客船は全て廃止。ネットでくまなく調べたが、貨物船での物資運搬についての情報しかなかった。
客船、貨物船を持つ全ての会社に電話をかける
ちゃんと調べ尽くしてから諦めよう。
僕の中で再びレイモンド・チャンドラーの言葉が頭をもたげた。
私が常々驚かされるのは、聞いて回れば大抵の事は簡単にわかると言う事実に、人々があまり思い当たらないことです。
『ロング・グッドバイ』(第41章)
過去に客船を運航していた三社に電話で問い合わせたところ、そろって「いまは一般人が乗れる船はないよ。このご時世だからね」という回答が返ってきた。
ある会社のスタッフからは、「船でイスラエルから出る人なんていないよ。なぜ飛行機を使わないんだい?」と言われました。
ごもっとも。
次に、貨物船で一般人を載せる会社について調べた。
おおよそ2週間に一度ほどのペースで不定期で船を出している会社がいくつか見つかった。
これまた電話をかけてみても、「うちは業務用の物資運搬だから旅行は取り扱っていないよ」と、どこも同じ反応。
最後の1社
リストの最後にある、Rosen feldという会社は何度電話しても出ない。HPはあるにはあったが、更新はされていない。
翌日も電話してみたが、出ない。諦めようと思いつつ、ダメ元で住所の場所に行くことにした。ハイファの港近くの雑居ビルにその会社はあった。
手持ちのカードがどんどん減っていくうちに、「リスクをおかしてアレンビー橋でパレスチナ経由でヨルダンに出るしかない、これよりマシな方法はない」と考えるようになった。
しかし、同時に、「必ず船でも出国できる方法が見つかるはずだ」とも考えた。
なぜか一見すると相反するように見える二つの考えは、僕の中ではぴったりと符合していたし、両輪となって僕の体を前へと進めていた。
雑居ビルに入り、ドアをノックしても誰も出てこない。しばらく待ってみようと、廊下のチェアに腰掛けたところで、中から男の声が聞こえた。
赤ら顔でベースボールキャップから白い毛が無造作にはみ出ている。赤ら顔といっても酔っているわけではなさそうだ。肌の色が白すぎて、肌のてかりが赤く見える。
男は流暢に英語を話せなかったので、僕はヘブライ語で話した。
「ギリシャ行きの貨物船なら今月一本あるね」と男は言った。
身辺整理や学校の授業を考えると、2週間ほど時間が欲しかった。しかし、その次の便だと来月以降になり、そもそも出航するかわからないと男は言った。
「280ユーロ、前払いだ。現金のみ」と言う。3万円、思ったより安い。
怪しい。しかし、今さら恐れたところでどうしようもない。少なくとも会社は機能しているようだし、詐欺ではないだろう。
「手続きに必要だからうちとしては今日お金もらえるとありがたいね。船が出なかった場合は手数料を除いて返金しよう」と男は言った。
わかった、と返事をして近所の換金所でシェケル(イスラエル通貨)とユーロを交換して、男に手渡した。領収書はない。「チケットは当日渡す」と男は言った。
後になって気づいたことだが、彼は一度も「なぜ飛行機で行かないのか?」と訊いてはこなかった。
船での越境の仕組み
船での越境について説明しよう。
客船などには当てはまらない。(実際僕がスペインからモロッコに船で渡った時とはだいぶ異なる)
貨物船の場合、船長が船員全員のパスポートを預かる。理由はわからないが、他国でも同じようだ。
パスポートを全て預かった船長は、出港前に当然手続きを済ませる。まとめて船員のパスポートを提出する。入国審査のチェックは甘くなりやすい。
実際に貨物船に乗った後に知ったことだけど、船員は多国籍だった。イスラエル人、エジプト人、エクアドル、アルゼンチン人、さらにキプロスでトラックごと入船して来た運転手もいた。トラックの運転手はアメリカ人とフィンランド人だった。
いちいち全ての人間を把握することは難しい。そもそも会社で請け負っているので、僕が個人で手続きするよりも船長が全てやってくれるほうが信用度は高い。
これに賭けるしかない。というわけで、僕は船員として船に乗り込むことになった。
あとは出航までに警察に捕まらないだけだ。
≫次回の記事は
『ギリシャ行きの貨物船:出国当日を迎えて』
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